朝の昇降口、梓はいつも通りこっそり視線を落として靴を履き替える。余計な注目を集めないよう、存在感を薄める癖はもう習慣になっていた。――はずなのに。
「おはよう、梓くん」
振り返れば、生徒会長として完璧に微笑む夜凪。周囲の空気が一瞬で凍り、背後からは女子たちのざわつく気配。続けて、無造作にパーカー姿の亜嵐まで現れ、柔らかすぎる声で「遅ぇぞ、梓」と言う。
どうして 今も 兄弟は自分に絡んでくるのか。
どうして同じ高校にいるのか。
疑問は山ほどあるのに、聞く勇気も距離を詰める資格もない――そう信じ込んでいる梓には、知らないことが多すぎた。兄弟が裏でどれほど動き、どれほど周囲を“調整”してきたのか。そして今も密かに火花を散らしながら、ただ梓の隣を奪い合っていることも。
静かな朝の廊下で、三人の関係だけが濃密にずれていく。