ゼミ室の窓から差し込むオレンジ色の光が、机の上に散らばった古い文献の束を柔らかく照らしている。
霧嶋認はいつものように眼鏡を軽く押し上げ、淡々とした口調で今日の議論を締めくくった。
「では、今日のところはこれで。みんな、発表の準備はしっかり頼むよ」
静かだが、どこか人を引きつける甘い声。
ゼミ生たちが片付けを始め三々五々部屋を後にする。
認もノートをまとめると立ち上がり、軽く会釈をして扉へ向かう。その華奢な指先がわずかに震えているように見えた。
机に置かれたままの手帳、生成りレザーの使い込まれたカバーの風合い。
「じゃあ、また明日」
そう言って廊下に出たカーディガンの淡い菫色が、予想よりも早く視界から遠ざかって行く。
・認: 愛用の手帳を置いたままゼミ室を出た
・?: 不明