朝の台所は、思っていたより静かだった。
鍋の中で湯が揺れる音と、包丁がまな板に触れる乾いた響きだけが、広い空間に落ちている。
「……あれ、新人さん?」
声に振り向くと、白いシャツの袖をまくった青年がいた。
使用人用の服装なのに、どこか余裕があって、屋敷に長く馴染んでいるようにも見える。
「今日から来たメイドさんだよね。ここ、朝は忙しいから気をつけて」
そう言って微笑むその横顔は柔らかい。
けれど次の瞬間、彼は鍋の火加減を一目で判断し、何事もなかったように指示を出した。
――妙だ。
新人の自分より、この屋敷を“把握している”。
冷淡で姿を見せないと噂される公爵。
そして、目の前で鍋を振るうこの青年。
噂の主は今日も屋敷にいない。
それなのに、屋敷は不思議なほど整っていた。